『虎に翼』、ドラマで描かれない松山ケンイチの桂場と寅子の関係――再婚相手は星航一?

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歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が今期のNHK朝のテレビ小説『虎に翼』を歴史的に解説します。
目次
松山ケンイチさん演じる桂場等一郎のモデルは実在する
桂場と寅子、史実はドラマと異なる関係?
桂場のモデルは5代目・最高裁判所長官のエリート
寅子の再婚相手は、星航一だと確定したも同然
50歳と41歳、お互いに子連れでの再婚
松山ケンイチさん演じる桂場等一郎のモデルは実在する
 今週の放送で、岡田将生さん演じる新キャラ・星航一が登場したことで、てっきり寅子は松山ケンイチさん演じる桂場等一郎と再婚するものだと思いこんでいた筆者は多いに驚きました。手元に史料はあるのですが、ドラマをより楽しむべく、何か「事件」が起きてから歴史的背景を知るようにしているもので……。
 それで今回、寅子の再婚相手はドラマの誰かをあらためて調査してみたのですが、残念ながら松山さん演じる桂場ではなく、岡田さん演じる星航一こそが、寅子の二人目の運命のお相手になるという結論に達しました。
 まずは、筆者の周辺でもファンが増加中だった桂場等一郎のモデルが誰かについてお話することにしましょう。桂場が寅子の再婚相手候補から外れたことで、彼のモデルは実在するエリート裁判官・石田和外(いしだかずと)さんであることは、ほぼ確定でしょう。
 ドラマでは寅子が明律大の学生だった時代から何かと関係がある桂場ですが、残念ながらあの描写はすべてフィクションというか、ドラマ・オリジナルで、史実では寅子のモデルである三淵嘉子さんと石田さんが濃密に関わったのは、戦後すぐの昭和22年(1947年)3月のことでした。
 弁護士から裁判官にジョブチェンジを試みた三淵さんが霞が関にある司法省(当時)に単身突撃し、人事課に「裁判官採用願」を出した時だけのようですね。その当時、司法省の人事課長だったのが石田さんです。
桂場と寅子、史実はドラマと異なる関係?
 またこの頃は新憲法の施行が2カ月後に迫った時期でした。新憲法においては、裁判官などの司法官も、戦前日本のように男性に限定することは違憲とされていたのです。
 ところが新憲法の施行直前なのに、どうしても裁判官になりたい嘉子さんが先走って「採用願」を出してきたので石田さんは対応に困り、結局、石田さんから相談を受けた坂野千里さんという東京控訴院長の男性が嘉子さんの対応をすることになりました。
 この時、坂野さんから「日本において、女性が裁判官になるのは時期尚早だ」という要旨の回答が嘉子さんにあり、ハッキリいうと断られてしまった一方で、「司法省の民事部で、裁判所の仕事がどんなものかを勉強しつつ、勤務をしたらどうか」という提案もされ、それに乗った嘉子さんは裁判所でのキャリアを詰むことになるのです。
 しかしドラマとは異なり、石田和外さんは、三淵さんの人生とそれ以外では関係していないようですね。
桂場のモデルは5代目・最高裁判所長官のエリート
 史実の石田和外さん(1903―79)は、戦前はドラマ同様に刑事裁判官を務め、戦後には5代目・最高裁判所長官にまで上り詰めたエリートです。石田さんは「はっきりした右翼や共産主義者(=つまり、極端な思想の持ち主)は裁判官として好ましくない」という発言をしたことが有名な一方、世間一般からは「タカ派」つまり「右翼」の裁判官の代表格として知られました。
 また、歴史家の間でも彼の評価は大きく異なっており、この点も興味深く感じられました。
 石田さんの仕事ぶりとその評価について知るためには、自衛隊関係のお話を紹介するのが早いでしょう。戦後制定された新憲法において、要約すれば「日本は戦争をしない、軍隊も放棄する」と宣言していたにもかかわらず、わが国には自衛隊という組織が存在しています。
 それは昭和29年(1954年)6月9日に「自衛隊法」と「防衛庁設置法」、いわゆる「防衛二法」が公布されたからなのですが、自衛隊を違憲だと考えるであろう、リベラル主義の若手裁判官たちによる「青年法律家協会裁判官部会」の動きを、ベテラン裁判官の石田さんが「制した」という側面があったそうです。まぁ悪く言えば「弾圧」ですね。
 こうしたことから、1982年度版の『法律時報』にも「石田和外という人は非常に右翼的な思想の持ち主で、国家全体の中で司法を位置づけて、どういう司法であるべきかを考えていた」という一文が出てきます。
 「国家全体の中で司法を位置づけて」という表現は、石田さんに「国家の利益を第一に考え、司法的判断を行う傾向があった」と解釈しうる文章です。
寅子の再婚相手は、星航一だと確定したも同然
 難しいことは置いておいても、ドラマ同様に非行少年たちの更生に携わり、「愛の裁判所」こと家庭裁判所での仕事で有名になった三淵嘉子さんと石田和外さんは、根本的に違うタイプの裁判官であったことはいえると思いますね。ドラマはフィクションですが、そういう石田さんをモデルにした桂場等一郎は寅子の再婚相手にはなりえない気がするのです。
 その一方で、先週登場したばかりの岡田将生さん演じる星航一も、真意が読みづらい「なるほど」が口癖で、クセ強めの人物ではあります。しかし、史実でも三淵嘉子さんと、その再婚相手になった三淵乾太郎さんは、ドラマ同様に乾太郎さんの父上である三淵忠彦さんを通じて知り合っているんですね。
 時期的には昭和23年(1948年)ごろ、三淵嘉子さんの働きに注目していた忠彦さんが「私の民法に関する著作の改定作業を、息子の忠彦といっしょに手伝ってほしい」と持ちかけたという経緯もドラマに描かれたとおりのようです。
 そして、その本でもドラマ同様に「補筆」として表紙に二人の名前が載せられたので、寅子の再婚相手は星航一だと確定したも同然ではないでしょうか。
50歳と41歳、お互いに子連れでの再婚
 また、史実では昭和25年(50年)5月から、嘉子さんはアメリカの家庭裁判所を視察する目的で日本をしばらく離れていたのですが、その期間中に三淵忠彦さんが亡くなっています。帰国後の嘉子さんは小田原にあった三淵家を訪ね、乾太郎さんと再会し、忠彦さんの未亡人で、乾太郎さんにとっては義母にあたる静さんからも気に入られた……という経緯もありました。
 しかし、昭和27年(52年)12月に嘉子さんが名古屋地方裁判所に異動し、そこで裁判官をすることになったので、東京の乾太郎さんとは遠距離恋愛になったようです。乾太郎さんはしばしば名古屋を訪れ、ある時は嘉子さんの息子の芳武さん(ドラマでは娘の優未)を連れて、動物園に行ったこともあったそう。
 まぁこの時、史料に名前の記載がなかったものの、とある男性も動物園デートに同行していたそうなので、二人の関係は今日から見れば驚くほどゆっくりしたペースで深まっていったのではないかと推察されます。
 そんな二人が再婚に踏み切ったのは、昭和31年(56年)8月のことでした。この年の5月に嘉子さんが名古屋から東京地方裁判所に異動したことがきっかけでしたが、乾太郎さん50歳、嘉子さん41歳での、お互いに子連れの再婚でした。
 嘉子さんの言葉をまとめると、この再婚によって「断崖の端に立っているような緊張した私の心」に余裕が生まれるきっかけとなったし、再婚するとは思っていなかったので「大事な拾い物」と感じられたのだとか。
 ドラマの寅子はあいかわらず若々しいですが、昭和中期の40~50代といえば、なかなかの「成熟世代」ですからね……(ちなみに『サザエさん』の磯野フネは諸説ありますが50歳、波平が54歳という設定)。
 今後、どのようにドラマが寅子と航一を描いていくのか、もしくは桂場の反撃(?)があるのかどうかを含め、いろいろと楽しみになってきました。
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