闇金営業マンの親友が緊急事態――おもちゃ屋の長男からヤクザに転身した男の末路

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 こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。今回は、両親が実弟の連帯保証人になったがために実家を占有されてしまい、助けを求めてきた伊東部長の幼なじみの末路について、お話ししたいと思います。
目次
・闇金にかかっていた1本の電話
・超武闘派ヤクザ組織に狙われた親友
・“追い込む”側になった親友
・朝刊に逮捕報道が……
闇金の営業部長にかかっていた1本の電話
「伊東部長、2番に山下さんからお電話です」
 夕方6時過ぎ、帰宅の準備をしていると、伊東部長宛てに電話がかかってきました。終業間際の電話は、お友達からのことが多く、そっと手を挙げた伊東部長はスピーカーフォンをオンにしないまま受話器をあげます。
「おお、お疲れ。どうしたの? うん、うん……、それは、まずいな」
 嫌な報せでしょうか。みるみると落ちていく伊東部長のテンションが気になります。
「〇×組の〇×一家を名乗っている? え? 組長さんが直々に? 名刺はもらった?」
 いきなりスピーカーフォンをオンにされたため、それと同時に帰り支度の手を止めたみんなは、伊東部長の周囲に自然と集まり、その会話に聞き耳を立てました。
「うん、もらった。今日、工務店をやっているおじさんが不渡りを出したらしくて、全然連絡つかなくてさ。ウチの両親が保証人になっているから、今すぐ800万円を返せって言われているんだ。返せないなら、この家から出て行けって、ウチの周りを20人くらいで取り囲んでいるんだけど、こういう時って、どうしたらいいの? いとちゃん、助けてくれない?」
 あとで聞いたところによると、お友達の山下さんは、伊東部長の地元で長年にわたりおもちゃ屋である「山下玩具店」を営むご家庭のご長男で、高校生の妹と4人暮らし。店舗兼自宅は、ご両親の共有名義で、隣接するアパートも所有されていると聞き、債権者が人を集めて向かった理由が明白になりました。信じていただろう実弟に夜逃げされた衝撃と、急に無理な請求を受けたことで狼狽したご両親は右往左往するばかりで、高校生だという妹さんも怯えて泣いているそうです。
「その人たち、家の中に入れちゃった?」
「いや、警察を呼んだから、いまのところ大丈夫なんだけど……。民事不介入だから、当事者同士で話し合ってくれって、こっちの味方をしてくれないんだ」
 この頃は、まだ貸金業規制法が改正されておらず、民事不介入の原則によって、警察は口達者な債権者の言いなりでした。対抗するべく、ケツ持ちの看板を出して話してもらえば、その成果に関わらず、お金だけは確実に取られてしまいます。そうした方々と付き合いのない一般債務者からすれば、警察のほかに救いはなく、この時点ですべてをあきらめる方も多かったです。
超武闘派ヤクザ組織に狙われた親友
「いま仕事終わったところだから、これから向かうよ。弁護士に相談するから時間をくれって警察に伝えてもらって、なるべく時間を稼いでくれる? とにかく家の中には入れないで」
「わかった。いとちゃん、ありがとう」
 電話を切ると、早速に帰り支度を始めた伊東部長が、裏社会系の週刊誌を片手に話を聞いていた藤原さんに声をかけます。
「藤原君、〇×一家って、どんな組織か知っているか?」
「知っているも何も、〇×組の中でも武闘派で有名な名門ですよ。この人が親分さんです」
 どこか得意気な様子で、手にある週刊誌を開いた藤原さんは、親分さんの写真を部長に見せました。覗き込めば、その筋の人にしか見えない風貌の持ち主で、この人に追い込まれたら生きた心地がしないだろうと容易に想像がつくほどのお顔をされています。
「さすがに気合いの入った顔をしているね」
「ええ、ファンも多いです。追い込みかけられているのは、お友達ですか?」
「ああ、小学校からの同級生なんだ」
「よりによって、〇×一家ですか。ちょっとヤバいですね……」
 裏社会に詳しい藤原さんが口をつぐむと、傍らでニヤニヤと話を聞いていた金田社長が声をかけます。
「親の保証債務、全部でいくらあるのか聞いてみろ。不動産があるなら、肩代わりしてやってもいいぞ」
「ありがとうございます。でも、昔からの友達なので、金の付き合いはしたくないです」
「そうか。何かできることあれば協力してやるから、なんでも相談してくれ」
 すると、傍らで話を聞いていた藤原さんが、部長に同行させてくれと社長に申し出ました。表向きは、時間もあるし部長のためと話しておられますが、専門誌を愛読するほどの裏社会好きなので、その修羅場が見たくて仕方ないようです。
「相手は本職だ。気をつけろよ」
「はい」
 話が終わったようなので、一足先に失礼するべく、事務員の先輩・愛子さんと一緒にエレベーターの到着を待っていると、まるで回収時のごとく手早く身支度を整えた2人も乗り込んできました。
「部長、お友達からは『いとちゃん』って呼ばれているのね」
「うん、そうだよ。おかしい?」
「いや、なんか可愛かったから。気をつけてね、いとちゃん」
「やめてよ」
 狭いエレベーター内に充満していた重苦しい空気が、愛子さんの軽口によって和らぎ、緊張感に満ちていた部長の強面も緩みました。この会社で一番の古株である愛子さんの、親心のようなものを見た気がして、深く印象に残っています。
「追い込まれるより、追い込むほうがいいじゃない?」
 翌朝の朝礼時、みんなに心配をかけたからと、伊東部長の口から昨夜の顛末が語られました。結果をいえば、ほかの債権者も多数集まってしまい収拾がつかず、店舗兼自宅は、なにもできないまま〇×一家の皆さんに占有されてしまったそうです。
「俺たちが到着したときには、ほかの債権者も集まっていてね。もうどうにもならないからって、〇×一家が強行的に占有を始めてさ。何もできなかったな」
「あれは、仕方ないですよ。いま、お友達とご家族は、どうされていますかね? 殺されることはないだろうけど、あの勢いだと身ぐるみ剥がされちゃいますよ」
「あいつら、アパートの賃借人にも振込先変更の通知をして回って、承諾しないなら出ていけって脅していたからな。そのうちに連絡来るだろうけど、今日も帰りに寄ってみるよ」
 すると、お昼休み近くになったところで、件の山下さんから連絡が入りました。
「いとちゃん、昨日は来てくれたのにあいさつもできないで、ごめん。電話に出られる状況じゃなかったからさ」
「俺のことは気にしなくていいよ。ヤマピーは、大丈夫?」
「おじさんの自宅も占有されていて連絡つかないし、もう無理だからあきらめて、親分のところで世話になることにした。ここで頑張れば稼げそうだし、追い込まれるより、追い込むほうがいいじゃない? 今日から俺も、いとちゃんの同業者だから、よろしくね」
「おいおい、ウソだろ……」
 その後、立派な同業者になった山下さんは、信用情報の横流しを受けるため、たびたび来社するようになりました。追い込む側の水が合ったのか、わずか1年足らずでフロント企業の金融屋を仕切る立場に出世されると、まもなくして複数人の舎弟を引き連れて夜の街を練り歩くまでに力をつけられます。
「ちょっと前は、死にたいと思うくらいまで絶望していたけど、人生は何があるかわからないもんだね。あれから2年ちょっとで、失くしたものを取り返すどころか、倍以上になって返ってきたよ」
「いい親分さんなんだね」
「ああ。親分のためなら、俺はなんでもするよ」
 この頃は、相当に儲けていたらしく、「俺のベントレーで食事に行こう」と顔を合わせるたびに誘われたり、「絶望の淵から這い上がって両親に家を買ってあげたのだ」と、何度も胸を張っておられました。しかし、貸金業法や出資法、暴力団対策法など、山下さんに関係する法律が次々と改正されると、その立場は意外と脆く崩れ落ちます。
「世話になった親分を裏切るわけにはいかないんだよね」
「おい、伊東。これって、お前の友達の山下か?」
「……はい、間違いないです。やっぱりパクられましたか。調子に乗っていたから心配していたんですよ」
 ある朝、朝刊に目を通していた金田社長が、〇×一家幹部の山下さんが出資法違反と貸金業法違反で逮捕されたことを報じる記事を見つけました。内容を見れば、10日で3割から5割の利息で貸し付け、暴力的な取り立てを繰り返していたそうです。
「山下さん、すっかり染まっちゃいましたね。あっちの世界では、かなりのエリートですよ」
「ああ。君と現場に行ったときは、こんなことになるとは思いもしなかったよな」
 その後、山下さんには、懲役3年6カ月の実刑判決が下されました。初犯にもかかわらず実刑判決を受けたのは、暴力団関係者であることが大きく影響しており、仮釈放も望めないそうです。
 およそ4年後。満期出所されてまもなく、義理堅くあいさつにこられた山下さんは、これまでの報告を済ませると伊東部長に言いました。
「心配かけて申し訳なかった」
「大丈夫だよ。長いことお疲れさま。仕事は、どうするの? もう金融は、かなり取り締まりが厳しくなったから大変だよ」
「ああ。(刑務所を)出たらカタギの仕事を探してみようかと、(刑務所の)中で考えたこともあったけどさ。やっぱりどうしても、世話になった親分を裏切るわけにはいかないんだよね。出会いはどうあれ、恩人だから」
 つい先日、伊東部長とお会いする機会があったので山下さんの近況を尋ねると、いまも変わらずにヤクザ稼業を営んでおられると聞きました。数年前に、特殊詐欺のリーダー格として捕まってしまい、現在は服役中だそうです。
※本記事は事実をもとに再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)
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